カウンセリングルームさとう
はじめまして、カウンセリングルームさとうは心理カウンセリング、精神療法、精神分析の専門機関です。根本的な心の変化と薬によらない回復をサポートいたします。対話をベースにした心理カウンセリングにより、うつ病をはじめ、AC(アダルトチルドレン)、不安/強迫障害、パーソナリティ障害等「生きづらさ」を抱えている方の心本来の生き方へ向けて共に歩みます。対面の他各種オンラインでのセッションも可能/24時間WEBにてお申し込み受付→お申し込みページはこちらです。 ※当ルームは2021年5月に足立区より移転しました。
こんにちは。このお知らせページでは、
・心の問題について悩んでいる方のヒントになりそうなエッセイ
・わかりやすい精神療法の専門知識のご紹介
・臨床の現場で感じたこと
・オープン日時のお知らせ
などを随時書き込んでいます。
*過去の記事は、画面一番下の「サイトマップ」よりお読み頂けますので、是非ご覧ください。
現場と言えば、ご相談者が座る位置から見える室内の感じをホームページに載せていなかったことに気づきました。
このような感じです。
手前の黒いイスにご相談者が、向かいのイスにカウンセラーが座ります。
グレーの長椅子はご相談者が横になって話す時(こちらに座って頂いてももちろん大丈夫です)に使います。
ご相談者にはミネラルウォーターをお出ししています、またコーヒー等好きな飲物を持ちこんでお飲み頂いても大丈夫です。
リラックスして、なんでもお話し頂ければと思います。
私の先生の先生である近藤章久氏は「カウンセリング(精神分析)は、風呂にのんびりつかって、垢をゆっくり洗い流すようなものだ」と言いました。
心の「垢」を落としていけば、必ずラクになります。
そのような気持ちでリラックスしてゆったりお話し頂けたらと思います。
2026年4月23日 佐藤
12月に入り寒くなってきました、いかがお過ごしでしょうか。
さて、年末年始の営業日についてお知らせいたします。
2025年12月28日(日) 年内最終営業日
2025年12月29日〜2026年1月2日 休業
2026年 1月 3日(土) 年明け営業初日 以降通常営業
本年もお世話になり、誠にありがとうございました。
新年も何卒よろしくお願い申し上げます。
カウンセリングルームさとうスタッフ一同
仕組みについてもっと知りたいという声がありましたので、もう少し書いてみます。
今回は「恐怖感情や苦手意識の元は、自分の感情を自分で疎外しているから」という仕組みについて、例を挙げて考えてみます。
まず恐怖感情についての例です。
ある人が居酒屋に行ったら、ミスをした大学生らしきアルバイトの若者に対し、店長が声を荒らげて叱責していた、その時その人は胸がドキドキした、自分がおこられているわけでもないのに。
他人同士でのことなのに、なぜ自分がドキドキするのか、その人は自分でも不思議に思っている、そんな例です。
私は、アグレッションということばを現場で時々使います。
アグレッションを「健康的な意味での攻撃性・積極性」と定義します。
上記の、胸がドキドキする人は、自らのアグレッションの取り扱い方を知らない、つまりアグレッションを疎外していると言えます。
背景として、その人が子供の頃、母親の愚痴をずっと聞かされ、その愚痴を「あなたのおかげで私(母親)が苦労してる」とか「お母さんに負担をかけてしまっている(ので、そんな自分はだめだ)」と、その人が罪悪感や自己否定感として受け取った場合等を連想します。
愚痴の中身、すなわち生きるうえでの人間臭い悩み、生々しい怒りや嫉妬、その愚痴を聞く人に向けられるこれまた人間臭い依存や独占感情。
これらは、良いも悪いもない、ある意味人間らしい(つまり健康的な)アグレッションと言えます。
しかしながら、そもそも健康的なアグレッションなのに、その人が罪悪感や自己否定と結びつけてアグレッションを受け取ると、自分の内部でアグレッション的な生々しい感情・人間にアレルギー反応のような気持ちを形成します、つまり自分の感情を疎外することになります、
と同時に母親からのアグレッションを受けた衝撃で母親への反発心や嫌悪感(これもまた人間らしい感情ですが)が抑圧されて無意識に入り込んでしまいます、すると闇雲にアグレッションに恐怖心を持つ(疎外)、これが上記例の他人同士のことなのに、他人のアグレッションに反応してしまう理由です。
すると、他人同士で感情を顕にして怒ったり、あるいは誰かが大きな声を出して不安を叫んでいる、というような自分と無関係な場面でも、罪悪感や自己否定感が刺激されて、胸がドキドキする、
そういう仕組です。
苦手意識についてですが、例えば、恋愛とか異性関係に疎い、遠いという気持ちを持つ方を連想します。
子供の頃、(上記の恐怖感情の例とは逆に)親からのアグレッションが向けられない状況を想像します。
様々な理由=親が仕事で忙しい、病気、家族全体の雰囲気で生々しい感情を良しとしないetcがあると思います。
この状況では子供は、アグレッション自体に接する機会が少なくなるので、嫉妬や執着や依存等の感情が実感としてよく分からないまま成長します、と同時に親からの受け止められ感が少ないので不安で孤独でもあります。
孤独には耐え難いですから、なんとか関係を築こうと、親をはじめ相手との間に潔癖といいますか、人間臭さを排除したクリーンな関係を築くようになります。
ですが、心の奥底では本当の繋がりを求めますので、思春期には恋愛感情を持ったりします。
しかし、恋愛感情はまさに嫉妬や執着や独占等の生々しさを伴ったものです。
また、そもそも受け止められなさ感は、「親がかまってくれないのは自分がわるいからだ」というような不安を伴う自己嫌悪感情を形成しますので、恋愛に伴う生々しい感情=アグレッションに触れると、混乱して、「嫌われたんだ」と思い込んで、身を引いたりします。
自らのアグレッションへの実感の無さが自己否定感情と結びついて、自分のアグレッションを疎外する仕組みが形成され、アグレッションを表現することへの自信のなさ=苦手意識になっている、と考えます。
2025年11月14日 佐藤
「仕組み」を理解するための、別のキーワードで「自己否定の本質は自分への条件付け」というのがあります。
条件づけとはどういうことかと言うと、期待に応える自分ならOK、応えられない自分には価値がない(自己否定)、とか、人に迷惑をかける自分はNG、どんな理由があっても罪悪感(自己否定)をもってしまう、というように「〜であればOKだ(あるいは駄目だ)」と自分で自分に条件をつけているわけです。
自己否定感が先に来るのではなく、自分への条件付け思考が先に来て、条件に合わない自分を否定する、という順番です。
現場でよく聞く「人の目が気になる」も、条件に合っているかどうかと自分を見る「自分の目」が外在化されたからです。
親に見捨てられないかと生存を脅かされ不安になった無力な子供は、自分を親に一致させようと必死になります。
なんとか生き延びようという必死さや切迫感からは、必然的に際限のない不安=親に一致していないのではと常に不安(これが自分を見る自分の目が発生する瞬間です)な心理が形成され、条件付けにかなうようにどんなに頑張っても不安だ、とか、いわゆる漠然とした不安感が出てきます。
それとともに、その人の気質と親・兄弟姉妹のパーソナリティ等環境要因が複雑に作用して、期待に応えねばいけない、とか、他人に迷惑をかけちゃいけない等、その人固有の条件付け構造が出来上がってゆきます(カウンセリングの初期では、このことの(幼少期の行動やその時の条件付け構造が繰り返されている現在の行動等)具体的エピソードや気持ち・感情を話し合うことが多いと思います)。
期待に応えても応えなくてもいい自分、迷惑をかけなくてもいい、かけたってそれは巡り合わせと思い感謝しながらも普通にしている自分、そう思うと症状が軽減する場合には、自分への条件付け構造が薄らいで、条件付けによって抑圧されていた本来の自己が息を吹き返しているからだと思います。
2025年10月5日 佐藤
今までこのブログで「仕組み」という言葉を使ってきましたし、現場でもよく使います。
そこで今回は「仕組み」について書きます。
その人を阻害している根本的な精神構造、仕組みをまずこう定義します。
もう少し細かく言うと、その人にとって無意識になっており、生きるうえでの基本の方法となるくらいにその人に浸透しているが、自らを阻害している不合理なその方法に疑問をもたず価値付けし、その方法の不合理性に気づきたくない心理さえある、ということです。
一例を示します。
罪悪感は依存である、こう言うと皆さん訳が分からないと思いますが、これが仕組みを理解するキーワードです。
調子が悪くて会社を休み上司や周囲の期待を裏切ったのではと思う、飲み会で他の人は面白い話ができるのに自分にはできないと思う・・・こんな罪悪感の根本には必ず人間や会社や世間等「相手」が存在します。
その「相手」に嫌われたら自分はおしまいだ、「相手」の雰囲気を壊す自分に居たたまれない、というふうに。
そこには、ただただ「大変なことになる!」とか「失敗しちゃった!」という冷静さを欠いた闇雲に不安な心理があります。
なぜそんな心理になるかというと、「相手」と闇雲につながっていたい心理が根本にあるからです、この点を依存と言いたいのです。
小さい子供が親に「もう(悪いこと)しないから!しないから!」と必死に訴えて、親に嫌われないように振る舞う健気な様子を見かけた方もいると思います。
子供は、親とつながる為に見捨てられない為に不安になり、一方的に自分を責めたり、親の意にそぐわない自分を変えようとする、つまり相手(親)に自分を必死に一致させようとする心理=依存する心理がある。
では「親といつも繋がらなくてもいいんだよ、親が理不尽なこと言うなら反抗して嫌われてもいいんだよ」と子供に言っても、それは無理です、子供はとにかく親と繋がること=孤独になるのを避ける根本衝動によって生きています、親は常に「正しい」のです(ここに人間存在のある種の哀しさがありますが、そこを感じていくことも非常に大事です)。
そのようにして、依存する心理に付随して罪悪感が発生してしまう、正しい相手に合わせて自分を変えようとする心理がその人を苦しめる、この構造が成長しても基本は同じまま続きます。
罪悪感を持っている限り相手と繋がっていられるという一見不思議な状態、しかしその不合理さに気づいていない、理由なく自分を責める理不尽さに気づいていない状態がしばらく続きます。
だが、自分を責める苦しさや、心のどこかで理不尽さにかすかに違和感を覚えるようになった方は医療等に来談するようになります。
カウンセリングの場で、ここまでのような話をして「なるほど、罪悪感って無理して相手とつながろうとする心理なんだ」と理解する方もいて、それはそれで進歩です。
自分だけを相手の側に寄せてむやみに一致させようとするのでなく、冷静に現実を見て相手と合う点や合わない点、相手の理不尽な面を粘り強く見極められる、相手と対等な心情(不安と友達になる感じと似てます)になれれば、闇雲な必死さが徐々に薄れてラクになっていきます、相手だけが正しい依存からお互いの良し悪しを見る対等に移行していくわけです。
こういう日常の実践を通じて、自分に入り込んでいる「仕組み」に気づいていく、これを根本的な変化と私は呼んでいます。
但し、罪悪感は成長する過程で「人に迷惑かけず自分ひとりで背負う」とか、表面上相手に合わせることがだんだん得意になって「そつなく淡々と仕事を処理できる」とかの価値観になって、周囲からもそこを評価されたりするので、そこに自分の価値を見い出した気になってしまっていることもあります。
すると、その気持ちを離れることは、自己肯定感を捨てることだという反応になってしまうので、ここはカウンセリングにおいて慎重に進めたいところです。
2025年5月29日 佐藤
師走の折、いかがお過ごしでしょうか。
さて、年末年始の営業日についてお知らせいたします。
2024年12月29日(日) 年内最終営業日
2024年12月30日〜2025年1月3日 休業
2025年 1月 4日(土) 年明け営業初日 以降通常営業
本年もお世話になり、誠にありがとうございました。
新年も何卒よろしくお願い申し上げます。
カウンセリングルームさとうスタッフ一同
「せっかくの休日だから」と、週末に予定を詰め込んでしまい、なにかタスクをこなしている気分になって、その結果疲れる。
また、なにかの拍子で、詰め込んだ予定をこなせない場合は、充実した休日を達成できなかった気になり、自己嫌悪になる。
このような話は、現場ではよくお聞きする類の悩みです。
今連想が湧きましたが、この話は日曜の午後あたりから明日会社に行くのが憂鬱になる心理と似ているのではないかと思いました。
というのも、会社やタスクという自分以外のものがその人の「中心」になっているという点で。
タスクをこなす以外の自己イメージが思いつかない、会社に行く以外の自己イメージを持っていない、もしかすると現在の自己イメージを変更するのが不安なのかもしれない・・。
本来の「中心」とは言うまでもなく、その人自身です。
こう書くと、そんなの分かってる、と言う人もいるかと思いますが、その人が本当に分かっていたら、上記の感じにはなりません。
ではとうなるかというと、
自分が自分の中心になったら、休日を楽しく愉快に過ごせるようになる、と書きたいところですが、ちょっと違う、
今までどこか肩に力が入っていた感じが抜けて、時間そのものを味わう感じになる。
物事を淡々と観る感じが身について、明日からの会社仕事の不安定さ理不尽さを無理に克服するでもなく、「さあどうすっかな」と傍に置いておく感じになる。
あえて言葉で書くと、自己のなかで仕事を相対化して捉えることのできる心境ということになります。
では、相対化を阻み絶対化させていたものは何か?
その心理的要因(=大まかに言えば心の傷)を解明していくと、自分の仕組みが理解できるようになり、相対化が円滑にできるようになります。
2024年10月2日 佐藤
盛夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
さて、当ルームはお盆休み期間中(8/13(火)〜8/16(金))含め8月は平常通りオープンしております。
よろしくお願い申し上げます。
カウンセリングルームさとう
初夏目前の候、いかがお過ごしでしょうか。
さて、7月15日(月・祝日)は臨時休業とさせていただきます。
ご迷惑おかけ致しますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
カウンセリングルームさとう
どうすればラクになれるのか具体的な方法を教えてほしい、とクライアントからしばしば言われ、あれこれ考えるわけですが、その人にとってラクになるために何がアドバイスになるのかはよくよく注意する必要があると思います。
カウンセリングの中長期的な流れにおいて、その人の深い部分が揺り動かされ、感情が大きく吐き出されると、「分かってもらえそうだ」という安心感がその人に生まれる、すると自分から問題点に立ち向かう体力が出来る、ひとつひとつ自分の思い込みを解いていく、という姿勢ができる。
そして、その人自身の仕組みとでもいうものを一緒に理解していった結果、その人が自分で何かを見出して真にラクになっていく。
こういう大きな文脈のうえで、アドバイスが役に立つと思います。
ことの最初から「自分で何かを見出しラクになる」ことと直結したアドバイスには無理がありますし、やろうとすると的外れで上っ面のものになります。
初期のアドバイスとしては、何回か書いている「不安と共にいる」「不安をいじらない」というものがあります。
自己理解をする姿勢作りのためにも有効だと思いますし、幾分かはラクになるはずです。
自己理解の姿勢が定着した後は、その人独自に役立つアドバイスを一緒に見つけ出していくという感じです。
2024年6月26日 佐藤