心理のよもやま話-ある歯科医

とある歯科医について

 

私事ですが、先日一年間にわたった歯の治療が終了しました。


フィステルというおできのようなものが歯茎にできていて、それはかれこれ15年くらい続いていました。

取り立てて痛いわけでもないので、ずっと放っておいており、たまに詰め物がとれたりした時に歯医者に行っても、フィステルのことを話題にされたことは一度もありませんでした。

 

しかしその歯科医は、フィステルの原因となっている歯の根っこの病巣が将来的に悪影響を及ぼすので、根治した方がいいと言いました。

併せて、(その歯科医に行った直接の動機である)詰め物がとれた部分には、奥にまだ自前の歯が残っているので、それを2〜3ヶ月かけて引っ張りだしてから(エクストルージョンという技法)、それに詰め物を被せたらどうかとも言いました。

 

彼は「歯医者がつくる歯の病気がある」と前置きし、フィステルの原因はおそらく、根本的な治療をしないまま中途半端に被せてしまい、その間に内部で化膿等が進行したと思われること、

また、ブリッジや差し歯はしょせん自前ではない、エクストルージョンで自前の歯を残した方が自然ですよとも言いました。

そんなことを私のレントゲン写真を他の患者の写真と比較したり、歯の模型を使ったりしながら、納得いくまで説明くれるのです。

 

そこには一貫して、決定するのは患者、というスタンスがあったように思います。

しかし、決定するための判断材料は十分に提供する。

写真だけでなく、具体的な生活の場面でこういうふうに困ることがあるよ、とか、かみ合わせ部の作りの精度の悪い詰め物がいかに全体のバランスを損なうか等のテクニカルな話まで。

 

私は、これは信用できそうかな、と思いながらも、長期の治療に少し不安を覚えつつ、歯科医通いを始めました。

 

治療が始まると、エクストルージョンもフィステルの治療も、歯科医の根気が要る作業だということが分かってきました。

フィステルの治療など、歯の奥を機械なしの手作業で掻き出し、それが数ヶ月続きました。

作業の時の彼の「ふーっ」という息遣い、腕をずっと上げているので疲れたことだろう思います。

 

毎回彼は、治療箇所の経過を聞いてくれました、生活の中で支障がでていないか、痛みの程度はどうか。

また、診療の開始時間は正確で、待合室で5分以上待たされたことは二度ほどだけでした。

 

そんなことを進めていくにつれて、彼のスタンスというか気持ちが分かってきました。

「患者の生活に思いを馳せた心意気」と私は呼んでいますが、そんなことが毎回治療のどこかに現れているのです。

 

考えてみれば、何ヶ月も歯をほじくる疲れる作業をしたり、(患者の時間は取ってしまうし、保険のきかない)自前の歯を残した治療をすることは、一見医師の側が面倒くさいだけです。

でも、今後も続く患者の人生に思いを及ぼせば、そう提案せざるをえない。

そういうことを提案さえしなかった今までの医者はどんなことを思っていたのか・・・)

 

また、彼はおそらく、作業の面倒さや長期の治療に耐えるお互いの信頼関係への不安を内に持ちながらも、いや、だからこそ、患者の意志を大切にしなければいけなかったのだと思います。

あなたがやる気なら、わたしもきっちりやらせてもらいます、そんな気迫も感じられました。

お医者任せというベタッした関係はなく、気遣いがありながらも対等の関係がありました。

 

治療の終盤、私が「先生の初めの意図がよく分かった、患者主体で長い目で考えてくれてたんですね」と伝えると、彼はにっこりして今までの治療のことや他の医者の内幕などを色々説明してくれました。

その中で、印象に残った一言は「僕はいつも悩んでますよ、自分のやり方がいいとは思ってない、だから会話せねば」でした。

 

2016年7月7日