心についてのメモ書き−技法の応用④

カウンセリングの技法を日常会話へ応用する④ー逆転移を知る

クライアントから相談を受けているカウンセラー、あるいは部下の悩みを聞いている上司、このような相談を受ける立場にある人がおこす転移を「逆転移」といいます。

 

現実の例から、しかし特定できないように細部は大幅に変更した事例をあげます。

 

うつに悩む部下を上司は喫茶店に誘います。

この部下は、チームのリーダーを任されていますが、なんとか出社はするものの、仕事をする意欲が湧かない状態がしばらく続いています。

コーヒーを飲みながら、その上司は、実は自分もかつてひどいうつ状態であり、今は少々ましなものの、日々薬を手放せないでいることを部下に話します。

部下は「秘密を打ち明けてくれたんだ」と少々感激し、期待感をもって上司の話に身を乗り出します。

しかし、続く上司の話は、会社の幹部しか知り得ないような話=実は他にもうつの人が社内に数人いて、いかにうつが大変なのかという話等に終始します。

終盤、上司は「色々大変だろうけど、お前はリーダーだから、今の状態のままでは、ちょっとな・・・、俺もうつだけどなんとかやってるよ」と言って、話を締めくくります。

部下は「なんだ、結局がんばれって言いたかっただけじゃないか、がんばれないから困ってるのに」と憤慨し、この上司をもう信用できないと思い始めます。

 

さて、この上司の意図を推測するに、まず自分の秘密を告白して、部下と「仲間」になろうとしていたつもりだったと思われます。

しかしながら、終盤に本当の意図=部下に仕事に戻ってもらわないと自分が困る、ことを告げたことで、「仲間」という誘いかけがだまし討ちのかたちになってしまっています。

部下からすれば、信用できそうだと期待させておいて、最後に裏切られるという気持ちになります。

 

さて、この問題の核心ですが、この上司は部下との悩み相談の場を「自分の立場や権限を確認して自分を満足させる」ことに無意識に転用・乱用=逆転移していたことにあったと私は考えます。

 

かつてはうつだったけど、今は出世して頑張っている自分、

幹部しか知り得ないうつの社員の秘密をうつに悩む部下に教えてあげている自分、

そういう、秘密を教えてあげてうつの部下を励ましている「偉い」自分・・・

そんな無意識の思い上がりが上司にあったはずです。

 

しかし、そのような肥大した万能感は、部下の悩みとは何の関係もありません、またリーダーとしての仕事が機能しないという現実の問題とも関係ありませんし、からめるべきではありません。

部下のサイドにはうつという問題、上司のサイドにはリーダーという役割を誰がどうこなすかという現実的な問題、がそれぞれあるだけで、そのそれぞれに個別に対処すべきなのです。

上司個人の逆転移はどこにも持ち込むべきではありません。

持ち込めば、大きな裏切りとなって、後に禍根を残すこともあり得ます。

 

挙げた例が稚拙過ぎたかもしれませんが、同質の逆転移が医療やカウンセリングの場でも十分起こり得ます。

 

最新の医療設備を駆使した手術をして実績を作り、学会や医師会での地位を築きたいと思っている医師は、患者の不安や生死に対する価値観を無意識のうちに排除して、リスクを十分に説明せずに手術を勧めるかもしれません。

しかし、それは自分の地位向上という欲望を治療の場に持ち込む逆転移であり、倫理に反する裏切りです。

 

カウンセリングにしても、覚えたばかりの技法や概念がアタマに残っていたりすると、それをクライアントに使ってみたくなることもあります。

ですが、それもやはり逆転移の兆候で、まずクライアントのココロの中身や背景や経緯を十分に味わったうえでないと、単なる押し付けになったりするわけです(自戒をこめて)。

 

2017年12月26日