心についてのメモ書き−アイデンティティと神話③

アイデンティティ概念の創始者エリクソン

アイデンティティの概念を確立したとわれる心理学者エリク・ホンブルガー・エリクソン(1902-1994)は、実の父を知らないままデンマークに生まれ、母の再婚相手と共にデンマークとは異質の文化を持つドイツで育ち、幼い頃から自身の精神的な拠り所について悩みました。

 

また、ユダヤ系であった為ナチスの手を逃れて、31歳の時にアメリカに脱出し、再び異国で自分の生活基盤や生きる意味をゼロから自力で模索せざるを得ませんでした。

しかもエリクソンは、医師という資格を持っておらず、かつ英語もあまり喋れず、アメリカの精神分析療法の業界から当初は見下されて、仕事が見つからず家族を養えないという恐怖から一時期自暴自棄になったといいます。

 

このような自分の生い立ちや幼児・青年への心理療法の経験をもとに、後に「モラトリアム」や「ライフサイクル」「アイデンティティ」等の概念を打ち立てたエリクソンですが、1938年に裁判所へアメリカへの帰化申請をしたときには、元の名前「エリク・ホンブルガー」の後に「エリクソン」を追加して申請しました。

 

エリクソンとは、直訳では「エリクの息子」ですが、彼の思いには、自らの故郷デンマークのスカンジナビアの文化やバイキングが海を越えて活躍したことに、自身のアイデンティティ探しの旅を重ね合わせていたと思われます。

それゆえ、故郷デンマークで授かったファーストネームを異国アメリカでのファミリーネームの中に残しつつ、それを自らの精神的な源流としてまた名字という自分の家族の象徴として掲げたのです。

 

故郷を離れざるを得なかったエリクソンが、スカンジナビア文化という共同体に精神的根っこを求めながらも、一方では新天地アメリカの都市で自力で共同体に替わり得る概念をつくってゆこうとうする過程は、共同体を喪失し都市に生きる現代の日本人と重なるところがある気がします。

 

エリクソンは、1950年「子ども期と社会」を著します。

それは、人間が成長・成熟する過程を概念化・普遍化した、エリクソンの思想が結実したものでした。

この著作は、アメリカ人というある意味民族・共同体的なルーツを持たない人々にとって、自らの生きる基盤(アイデンティティ)を主体的に見直すきっかけとなり、広く読まれるようになります。

 

ところで、私はエリクソンが提示した思想は、まさに「神話」だと考えています。

エリクソンのように心理学・社会学的な視点からの神話もあれば、古代から伝わる詩的・感覚的な神話もありますが、どれも役割は同じです。

 

神話の機能とは、人間が生きるうえでの羅針盤のようなものです。

ひとたび羅針盤の使い方を会得すれば、あとはひとりひとりが各々好きな所に赴き、あるいは留まり、自分の生きる基盤(アイデンティティ)をじっくり培えばよいのです。

 

2018年3月28日