精神症状の構造と回復(2)ー症状の深さ①

1.症状の深さ①ー自我親和的か違和的か

人生のどの段階で、どの位のインパクトで、どれくらいの期間、精神的外傷を被ったかが精神症状の重症度に関係してきます。

 

しかし、もちろんタイムマシンでクライアントの過去に戻れるわけでもありません。

またもし催眠術でクライアントが過去の光景を思い出したとしても、そのことが症状に関係するかは分かりません。

 

なぜかと言うと、「心的現実」というものがあるからです。

 

親の悪意のないふとした行いでも、幼児は色々な受け取り方をします。

幼児は完全に無力で、親だけが頼りの一方的に弱い存在です。

親には特段の悪意がないのだけれど、たとえば病気がち/忙しい/生来の気まぐれ等のゆえに、自分の欲求を満たしてくれない場合、幼児は親に文句を言ったり、指示したりするなどという考えは少しも浮かばず、「自分に非があるので親が何もしてくれないんだ」と無意識に思い込みます。

 

親の悪意ない行いでも、子供の側は自分に非がある、自分で自分を責める感情を持つ。

これが事実とは関係ない、子供の心的現実です。

結果的に精神的外傷として刻印されていきます。

 

あるいは、子どもの側に際立った個性・能力がある場合で、それがいわばごく一般的な見方しかできない親の理解を超えているときも、子どもは親を基準にしますので、自分を責め、押し殺すこともあります(このことについては、後に詳述します)。

 

さて、この心的現実がクライアントにとってどれくらい「馴染み深い」ものなのかがポイントです。

専門的な用語では、自我親和的か自我違和的か、と言ったりします。

 

「自分が悪いんだと思うと安心します?」と聞いてみると、そうだと答えるクライアントがおられます。

自分が悪いと思うと安心するなんてどうして?と一般の方は思うかもそれませんが、このクライアントは自責感に親和性をもっているということができます。

自責にまつまる心的現実が奥深く染み付いているとみて間違いないでしょう。

 

つまり、人生の早期から自責を感じざるを得ない親との関係を長期間繰り返してきて、まだ幼児ゆえに、強大な親を責めるなどという無謀な感情は押し殺して、自分が悪いことにすることで仮そめの安心感をかろうじて得ていた、それが定着してしまったということなのでしょう。

 

もっとも、心的現実とは言いましたが、これだけ奥深く刻印されるケースでは、事実としても親のネグレクトや強迫的な躾、虐待がある場合もあるものです。

解離(耐え難い記憶なので、瞬間冷凍して記憶の底に一時的に置いておく)せざるえないほどの深い心的外傷を抱えているケースもままあります。

 

自我親和的なクライアントだと、それを当たり前と思っていますから、「自責感を感じると安心してしまうのはおかしいことだ」と気づくまでには時間を要します。

また、解離があった場合には、特定の状況でのパニック等のトラウマ反応がありますから、必要最低限の外傷記憶にアクセスするにもやはり時間を要します。

 

2019年1月22日