4.回復へ向けて⑧ー共同作業(リフレーミング)
ここからクライアントとカウンセラーの共同作業です。
もちろんここにおいてもクライアントが主導権をとってゆきます。
クライアントの状態や方向性、ペースに注意しながら、カウンセラーはクライアントが局面を展開してゆくための「媒介」を提案していきます。
リフレーミングとは、リ(再)・フレーム(枠)、つまり認識の枠組みを作り変えることです。
防衛は、目に見える範囲では、狭い価値観や対人関係への思い込みに現れます。
例えば「人に怒りをぶつけてはならない」という刷り込まれた感情・行動様式。
あるいは「人生はエスカレータのように段階をクリアして、キャリアアップしなければ意味がない」という歪んだ価値観。
「その状況なら怒って当然だと私は思います」とカウンセラーが言えば、「怒ってはいけない」という自分の枠をクライアントが自ら疑うことが始まります。
「機械ならともかく、エスカレータみたいな、ゲームみたいなことが人間に可能でしょうか?」とカウンセラーが言えば、対話的なリフレーミング過程を促します。
「その状況なら怒って当然」と言われた時、クライアントの顔がぱっと明るくなる感じであれば、感情が動き出していることが分かります。
つまり怒りの感情を抑圧した歴史があり、そこから感情全体を抑圧してきたのだろうと、これまでの自由連想を含めて推測されます。
本人にしてみれば思ってもいなかった選択肢が提示されることで、防衛的な思考、つまり思い込みを突き崩し、それと共に抑圧された感情が解放されてゆく。
感情という根幹の生命力と理知的な認識の変化が、セットになって動き出すことにリフレーミングの意味があります。
「価値がない自分は、今エスカレータに乗っていないからだと思ってるのですね。
でも、そういう時も試行錯誤して学んでいる、色々経験していように、私には見える。
そんな自分の苦労を自分の頭では分かってあげられないのですね?」とカウンセラーが言ってみる。
自分の苦労に思いを馳せれば、狭い一面的な見方(フレーム)を自分で自分に強制していたことにクライアントは気づくかもしれません。
また、「自分(の頭)で、自分(の苦労)を」、という複眼的な視点(自己観察と同じですが)を提供するのもリフレーミングと言えるでしょう。
すると、今までの自分の感情を無視したマニュアル的なやり方、自分を抑圧していた鬱積感が一気に動きます。
肩の力が抜ける、ギアが入っていない楽な感じになる、あるいはわっと涙があふれる。
これで病態の浅い方はかなりよくなるでしょう。
少なくとも防衛・不安に対抗する葛藤にまでいけるでしょう。
2019年9月30日