精神症状の構造と回復(37)ー回復へ向けて⑬

4.回復へ向けて⑬ー共同作業(本来の自己(続))

ところで、本来の自己とは具体的にはどんなものでしょうか?

 

これを言語化するのは、なかなか難しいですが、

緊急避難ではあるけれども偽の自己に圧倒された、いわば重い鎧をまとった姿が今までの状態だとすれば、

鎧を脱ぎ捨て、自然な、力の抜けた、等身大のその人の姿が現れる、と言うことはできるでしょう。

 

ひとの批判を気にしていたのが本音を言えるようになる、

他人の指示待ちであったのが自発的・能動的になる、

科学や権威を鵜呑みにしていたのが内発的な自分の感覚を信じられるようになる。

 

こんな感じになってくるはずです。

こうなってくると、いかにも鎧を捨て、伸び伸びとした感じが漂っています。

 

また特に、自らの内的な感覚に敏感になってくることを回復した方は実感します。

 

身体的には、自分の疲労にすぐ気づき早めに体を休めようと思える、あるいはそのときどきの身体の状態に応じて食べたいものを嗅覚やイメージで思い描ける、こんなことが起こります。

生きているのが楽しく、自分が生き物であることを実感します。

 

精神的には、自らが自らをグリップしている感覚、自分と他者を明確に区分けして容易に影響されないスタンスになってきます。

それは主体性の感覚、つまり自尊心の確立です。

 

そんな自発的・内発的な有り様を指して、古来より「心身一如」ということばがあります。

 

人間という、生まれ落ちた時は無力で親に全面的に頼らざるを得ず、それゆえときには自分を守るために感情や理性を肥大化させて、本来の自分と剥離し(心身分離)自分を縛る方向にいってしまう存在に対し、その行き過ぎを戒め、生き物本来の生きる実感を取り戻させる意味が「心身一如」には込められているのだと思います。

 

2019年11月19日