自己否定感と罪悪感⑥

基本的葛藤 その1

幻想・憐憫グループにしろ、次回以降書く強迫・妄想グループにしろ、そもそも何故そういった心身状態になるのでしょうか?

 

自責感に苛まれ胃が痛くなる、息苦しくなる。

自己否定感に毎朝や毎晩不安になる。

 

実は、それらの症状の意味は「やりたくてやっていることではない」気持ちが引き起こす、身体からのメッセージです。

 

親への一体感を抱くのは幻想です、また親に振り向いてほしいために必死に努力するのは強迫です。

いずれも現実感から遊離しているというか、ひとりよがりになっている感じがあります。

 

ですが、現実に目を向けられないのには、それなりの理由があります。

その理由とは、奥底に(無意識下に抑圧してしまった)親への不満や反感がある、ことです。

 

人間の幼児は、自ら食べ物を獲得したり、自ら安全を確保できないので、親に対する期待や依存の度合いは大きい。

 

しかし、それが満たされない時は落差が大きいので、不満や反感を持つ。

 

それでも客観的に言えば、幼児と親はしょせん他者同士、個性・感じ方・嗜好等は違う。

すると、親と子でズレが生じてくるのはやむを得ないように見えます。

 

ですが、幼児は無力ゆえに、やっぱり親の庇護なしでは生きられない。

ズレや誤解があっても親を論破したり、言うことを聞かせて勝てるわけもなく、服従せざるをえません。

 

子供は負ける運命にあるというわけです。

 

すると何が起こるか?

 

不満や反感があるのにもかかわらず、幼児は親との一体感を抱こうと、やむにやまれず自分を幻想世界に浸す、懸命の強迫的努力をすれば親に認めてもらえると、自分に信じ込ませるのです。

 

2020年5月12日