「ポネット」ジャック・ドワイヨン監督
母親の繰り言を毎日聞かされ、自分が聞き役になっていき、わがままを言っちゃいけないと思って育った。
母親に悩み事を軽く受け流され、気持ちを受け止めてもらえない不安をずっと持っていた。
毎日のように両親のケンカを見て育ち、今も自分の存在が不安定な感じがして落ち着かない。
このような訴えは、ある意味「母親の喪失」と言ってもいいと思います。
心的現実として、その人は安全基地であり共感の基礎となる母親を多かれ少なかれ失っているのですから。
さて「ポネット」ですが、もう20年以上前に見た映画ながら、今も記憶によく残っています。
幼い少女ポネットは事故で母親を亡くしてしまいます。
彼女は、母親が死んだことを理解できず、混乱し、わんわん泣きます。
そこに現れるのは・・・ネタバレはやめておきましょう。
ポネットの言葉、それは母親からの遺言にみえますが、こんな言葉で映画は終わります。
「楽しく生きろ、って」
この「楽しく生きる」とは重い言葉です。
楽しく生きる、とは喪失を忘れて能天気にやっていくことではありません。
喪失の現実に向き合い、自らの痛みを受容しつつ、自分らしく生きることです。
さらに深堀りして、「楽しく生きろ、って」のコンテキスト(背景・含意)は何なのでしょう?
これは全ての人に向けられた「母なるもの」からのメッセージなのだと思います。
多かれ少なかれ全ての人間が経験する母親とのズレ(喪失)に向き合うことで、真の意味で母なる精神=精神的自立と他者との連帯=真の安全基地、に向けて歩むことが楽しく生きる、ということなのだと。
20年来なぜ記憶に残っているのか、少し分かった気がします。
心がじんわりと暖かくなる感じがずっとしていたからです。
2020年9月14日